松根東洋城「鶴ひくや」の句碑

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鶴ひくや丹頂雲をやぶりつゝ 東洋城


松山市和気1丁目の圓明寺の門前にある松根東洋城(1878-1964)の句碑。「鶴ひく」は越冬した鶴が北に帰って行くことで、春の季語。雲をやぶって飛ぶ鶴の力強さを詠んだ句である。

松根東洋城は本名・豊次郎。幕末の四賢侯の一人といわれた宇和島藩主・伊達宗城の孫に当たる人物である(東洋城の母が伊達宗城の次女)。松山中学在職時代の夏目漱石の教え子でもあり、俳句なども漱石より指導をうけた。離婚歴のある柳原白蓮(歌人 1885-1967)と親しくなり、結婚を望んだが、家族から反対されて断念、生涯妻を持たないことを決意し(「妻もたぬ我と定めぬ秋の暮」の句)、それを貫いた。

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テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

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