中島に現存する南北朝時代の板碑

松山沖の中島には、南北朝時代の板碑(石造供養塔の一種)が2基現存する。「文中の板碑」と「貞治の板碑」。

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小浜の県道沿いにある「文中の板碑」。愛媛県指定文化財。地蔵尊像(一説では伊舎那天像)と「文中元年壬子八月〓日」の文字が刻まれているという。「文中元年壬子」は1372年。「文中」は南朝・長慶天皇の時の年号(1372-1375)である。

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長師の真福寺境内にある「貞治の板碑」。松山市指定文化財(旧・中島町指定文化財)。地蔵尊像と「貞治二年〓月七日」の文字が刻まれているという。「貞治二年」は1363年。「貞治」は北朝・後光厳天皇の時の年号(1362-1368)である。

中島を支配していた忽那氏は南北朝時代、南朝方として活躍したが、その中島に南朝・北朝それぞれの年号を用いた板碑。この時代の複雑さというものを窺わせる。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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