藤野政高・大本貞太郎の頌功碑

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松山市喜与町2丁目の三宝寺の境内にある藤野政高・大本貞太郎の頌功碑。碑表には「地方文化向上之揺籃 海南新聞社長 藤野政高君 伊豫新報社長 大本貞太郎君 頌功碑」とある。

藤野政高(1856-1915)は明治23年(1890)衆議院議員当選、同31年(1898)より大正4年(1915)まで海南新聞の社長、その人格から伊予の西郷隆盛とも称された。大本貞太郎(1884-1944)は大正15年(1926)伊予新報の社長就任、昭和7年(1932)衆議院議員当選、伊予鉄道の社長、伊予銀行の取締役なども務めた。二人はともに新聞社の社長として当地言論界で重きをなしたので、この碑が建てられたのであろう。

藤野政高については、過去の記事でも言及しているので参照していただきたい。→「高浜問題と三津浜築港運動」(2013年10月1日記事)「明治42年、幻の三津浜築港」(2013年10月2日記事)

【参考文献】
『愛媛県百科大事典(上)』(高須賀康生執筆「大本貞太郎」の項)愛媛新聞社 1985年6月
『愛媛県百科大事典(下)』(高須賀康生執筆「藤野政高」の項)愛媛新聞社 1985年6月

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テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

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