正岡子規「余所でめしくふ」の句

おしかけて余所(よそ)でめしくふ秋のくれ


子規、明治25年(1892)10月18日作の句。この日、子規は昼食を陸羯南(くがかつなん)の家、夕食を内藤鳴雪の家で食べたことがその日記に見える(「午餐于陸氏、晩餐于破蕉翁、半夜帰家」『獺祭書屋日記』同日条。「破蕉」は鳴雪の別号)。「おしかけて」であったかどうかはともかく、「余所でめしくふ」はこの日の事実であった。

この頃の子規は羯南の家を頻繁に訪問している(当時の子規の住居は羯南の家の西隣り)。大学中退を決意していたので、今後のことなどを羯南に相談していたのであろう。同年の暮れ、子規はその羯南が経営する新聞「日本」に入社、公私ともに世話になり、終生この人の庇護をうけることになる。

【参考文献】
『子規全集』第14巻(評論 日記)講談社 1976年1月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード