子規・漱石、愚陀仏庵時代のおはぎのエピソード

明治28年(1895)9月23日-子規・漱石が同居する二番町の上野邸の離れ(愚陀仏庵)にこの日、岸駿(きしはやま。子規の従弟。子規の母八重の妹三重の息子)がおはぎを持って訪れた。秋の彼岸の中日なので、駿の母がおはぎをつくり、駿に持たせて子規のもとにそれを届けさせたのであった。駿が上野邸の離れをたずねると、顔にあばたのある知らない人が出て来ておはぎを受け取り、次いで出て来た子規がそのおはぎの受取証なるものを書いて渡してくれたという。

家でおはぎをこさえて、子規のことを升(のぼ)さんといったが、升さんのとこへ持って行けといわれたので重箱に入れたのを持って行ったんだ。そうして升さんの部屋の所へ持って行くと、なんだか黒いジャキのある、つまりあばたのことだが、知らん人が出て来たんだよ。来意を告げてそれを渡して待っていると、子規がおはぎの容れ物を渡しながら「お萩一箱」と書いてあったかなんだか「右正(まさ)に受取候」と書いてね、正岡常規と署名した受取証をくれるんだよ。(岸駿・談)


受取証をもらって帰ろうとすると、そのあばたの人が「ちょっと待て」と言って、受取証におはぎの色分けの数を書き加えたという。そのあばたの人はのちに漱石であることがわかった。

それを持って帰ろうとするとその人が一寸待てというんだ。そして今の受取を取っておはぎの色分けの数を書き入れて渡すんだ。それを持って帰って、みんなに見せてワッと笑ったがね。それっきりさ(笑)。親しく漱石と相見えたのは、その時じゃ。(同上)


おはぎに受取証、しかも色分けの数まで(!)。伝えるところによると、漱石書き加えのその色分けの数は、「黒いの二個、黄色の二個」だったそうである(『子規全集』第22巻288頁)。

【参考文献】
服部嘉香「夏目漱石の珍談」(講談社版『子規全集』別巻2「月報6」1975年9月)
『子規全集』第22巻(年譜 資料)講談社 1978年10月

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テーマ : 歴史上の人物
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