お堀での釣りが許されていた時代

三輪田米山(1821-1908)の日記、明治5年(1872)3月8日条に「松山城の内堀・外堀で釣りをすることが許されるようになった」との記述がある。

三月八日 雨降(中略)この節お許しにて、内外松山お堀の魚をとりてもくるしからざるよし、釣りに行く人おびただし。


明治5年は廃藩置県の翌年。県からの「お許し」だったのだろうか。この「お許し」で、お堀にはおびただしい数の釣り人。維新の時代の変革は、松山城のお堀での釣りという奇妙な風景を出現させるということにもなった。

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【参考文献】
『松山市史料集』第8巻(近世編7)松山市役所 1984年4月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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