『坊っちゃん』と三津浜

夏目漱石の『坊っちゃん』、その第二回に東京から赴任の主人公が海路、三津浜とおぼしきところに着く次のような場面がある。

ぷうと云って汽船がとまると、艀(はしけ)が岸を離れて、漕ぎ寄せて来た。船頭は真っ裸に赤ふんどしをしめてゐる。野蛮な所だ。尤も此熱さでは着物はきられまい。日が強いので水がやに光る。見詰めて居ても眼がくらむ。事務員に聞いて見るとおれは此所へ降りるのださうだ。見る所では大森位な漁村だ。人を馬鹿にしてゐらあ、こんな所に我慢が出来るものかと思ったが仕方がない。威勢よく一番に飛び込んだ。(『坊っちゃん』二)


漱石が松山に赴任してきた当時の三津浜港には、汽船が接岸できる設備がまだなかったので、汽船は沖合に停止、乗降には艀が用いられていた。『坊っちゃん』の上の部分もそれを描いているのだが、「汽船がとまると、艀が岸を離れる」というのは不正確、艀は汽船が三津浜沖に近づいた時点で発進することになっていたと『三津浜誌稿』は指摘している。

船が桟橋横付けでなく、定繋場所(方言では「江湖、エゴ」という)へついてから艀が岸を離れるなんて問題にならない。海岸からエゴまでは相当の距離があり時間もかかる。このような悠長な事をする代理店や出張所では直ちに首になる。九州からの上り便は佐島冲、阪神からの下り便は四十島付近にさしかかると、汽笛(方言ではフルウトという)を二回鳴らす。これはもうすぐ到着するぞという合図である。代理店ではこの音色で何丸であるかを聞き別け、乗客や積荷を通船(かよいぶね。ダンペーともダルマとも呼び、普通の船より幅が広い)に積んで沖へ漕ぎ出し、本船がエゴへ到着してイカリを降し、今度フルウトが鳴る時には、本船の近くまで漕ぎよせているのである。そして本船に横付けして乗客を上げ、次に船倉の処へ行って荷物を積みおろしして再びタラップの所へ行って降りる客を積んで本船をはなれる。この間は実に僅かな時間で、本船はイカリをあげフルウトを鳴らして次の港へ急ぐのである(『三津浜誌稿』第三編「文学散歩」)


些細な点の指摘のようだが、艀の運航はこの『三津浜誌稿』に記載されている通りの機敏なものだったのだろう。漱石の表現は田舎ののんびりとした雰囲気を出すためのものであったのかもしれない。

「船頭は真っ裸に赤ふんどしをしめてゐる」という点についても『三津浜誌稿』はいう。

この船頭は代理店の店員である。大切なお客さんや荷物を取扱う店の者がこのようなぶざまな服装、否まっ裸で仕事するような事は絶対にない。(同上)


「見る所では大森位な漁村だ」-当時の三津浜は問屋・商店が軒を連ねる商業都市。その繁華なさまは少年時代の子規の作文にも「三津浜は城西一里余にあり。和気郡中の名邑にして昼夜往来織るが如く、実に国中に冠たり」(「三津浜に遊ぶ記」)と記されている。漁村のイメージではないのだが、漱石の筆はやはり田舎であることを強調。

『坊っちゃん』では以下、主人公が上陸した後も三津の窪田(久保田)回漕店とおぼしき「港屋」が登場したりなどするのだが、今日の記事はここまでとしておこう。

【参考文献】
三津浜郷土史研究会編『三津浜誌稿』1960年12月
『子規全集』第9巻(初期文集)講談社 1977年9月
『漱石全集』第2巻 岩波書店 1994年1月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード