三津浜港「汽船乗り場」の標柱

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三津浜港・フェリーターミナル前にある「汽船乗り場」の標柱。「きせんのりば」「きせんとゐや久保田」とある(「~のりば」の「り」「ば」は変体仮名、「とゐや」は問屋)。

明治4年(1871)頃、窪田(久保田)回漕店が当時の汽船乗り場にこれを設置した。当時の乗り場は三津3丁目4付近、埋め立てられて今は住宅街となっている。乗り場があった当時は、「くぼたの浜」と呼ばれるきれいな砂浜で、乗客は窪田回漕店の艀(はしけ)で沖合に停泊している汽船に運ばれた。乗り場一帯が埋め立てられたのちもこの標柱はあって、牛をつないだりなどもしていたらしいが、市街化に伴い撤去、近くの民家での保存を経たのち現在地に移された。

明治の時代、三津浜発着の汽船に乗った子規や漱石はこの標柱を目にしているはずである。

窪田回漕店については→明治27年刊『商工案内松山名所普通便覧』(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/766482/75)。同書広告欄に「汽船荷客取扱所 並ニ旅館 広町 窪田回漕店」とある(明治の頃は天候等によって船待ちをする必要があったので、回漕店は旅館業も兼務していた)。

【参考文献】
佐々木忍『松山有情』愛媛県教科図書株式会社 1978年5月
松山市教育委員会(編著)『俳句の里 松山』子規記念博物館 2013年3月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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