道後温泉養生湯の湯釜の文字を彫った三津の石工、吉村右三郎

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道後温泉駅前の放生園にある足湯。中央の湯釜は明治24年(1891)に道後温泉養生湯の湯釜として制作されたもので、昭和29年(1954)の同湯廃止まで使われ、その後この放生園に移された。湯釜の上部には神像、頂上宝珠には「憫民夭折始製温泉之術(民の夭折を憫みて始めて温泉の術を製す)」の銘、第一層には「無嘉志與理多延努奈我麗母佐良耳麻太和幾伊豆留湯廼志留志乎叙淤母布(むかしよりたえぬながれもさらにまたわきいづるゆのしるしをぞおもふ)」の千家尊福(せんげたかとみ)詠歌、その下には温泉の由来・効能を記した文章が彫られている。この湯釜の神像と宝珠の銘を彫ったのは、尾道の石工・石井源兵衛吉光、詠歌と記文を彫ったのは、三津の石工・吉村右三郎義長である。

吉村右三郎が彫った湯釜の記文(下の画像)。

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湯釜には「伊豫國住 吉村右三郎義長 彫刻詠歌記文」の銘(下の画像)。

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三輪田米山の筆で「年豊人楽」「大日本帝国」「明治十八年十二月」とある三津厳島神社の注連石(下の画像)。吉村右三郎はこの注連石の文字も彫っている。

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注連石の側面に「三津石工 吉村右三郎作之(これを作る)」の銘(下の画像)。

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幕末、万延元年(1860)に造られた三津厳島神社の玉垣は、吉村右太郎という人の手になるもの(下の画像)。

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吉村右太郎は右三郎の父であるかもしれない。ともに三津の名工であったのだろう。

【参考文献】
『道後温泉誌』道後温泉事務所 1921年6月

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