円光寺境内の子規句碑

円光寺(松山市湊町4丁目)の境内には2基の子規句碑がある(句はともに同寺第7代住職・明月上人にちなんだもの)。

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明月和尚百年忌
風呂吹を喰ひに浮世へ百年目 子規


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草庵
冬さびぬ蔵沢の竹明月の書 子規


明月は能書家、蔵沢は墨竹の名手。子規は明治32年8月23日付の佐伯政直宛書簡で「所謂書家の字は野卑の極みにこれあり候(中略)僧侶の字存外垢ぬけしたるが多く候」と述べ、明月の書を「尋常を抜け居り候」と高く評価している。蔵沢の墨竹についても「私の宝物にて松山を誇るに足り申し候」と評価、この二人の作品は松山の貴重な文化遺産と推重している。

夏目漱石もこの二人の作品を高く評価していた。明月の書については、「どうかしてあのやうな書がかけるやうになりたいと思ひ候」(大正12年2月14日付・村上霽月宛書簡)といい、蔵沢の墨竹については、これを手本に盛んに画の稽古をしていた(「殊に蔵沢の墨竹は大変珍重しまして、自分でもそれを手本に竹を描くといふので、毛氈の上に紙をひろげて、尻をはし折って一気に墨痕淋漓と勢ひよく描き上げようといふので大騒動でした。(中略)この蔵沢張りの墨竹をやたらに描いた時代がございます」夏目鏡子『漱石の思ひ出』)。『坊っちゃん』では松山の悪口をさんざん書いた漱石であったが、松山の生み出した文化は意外なほどこれを敬重していたのである。

【参考文献】
『子規全集』第19巻(書簡2)講談社 1978年1月
和田茂樹『子規の素顔』愛媛県文化振興財団 1998年3月
夏目鏡子『漱石の思ひ出』(改版)岩波書店 2003年10月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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