元禄年間の鳥居と米山碑の「三津厳島神社」

三津厳島神社(松山市神田町)

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厳島神社 大字新立にあり。郷社にして田心姫命・市杵島姫命・湍津姫命を祭る。(中略)昔は湍津宮とも、御津大明神とも称したり。(中略)応仁元年河野通春社殿を造営し、四時の祭典を盛ならしめしに、慶長の兵燹に罹りて神殿社殿烏有に帰す。依て同七年現今の新立の地を卜し社殿を築造す。明治四年、大国主神・少名彦神・事代主神・蛭子神・金刀比羅神、塩土翁神・保食神を合祀す。同三十七年社殿を改築し神門を新築すと。(『温泉郡誌』第二十六章「三津浜町」)


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江戸時代、松山藩主は参勤交代のつど、この神社に参詣し道中の無事を祈願した。

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石造の鳥居は元禄8年(1695)の建造。三津の豪商・利屋(とぎや)茂兵衛の寄進。

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注連石には「年豊人楽」の文字(「年豊か人楽しむ」。「年」はその年の稔りの意)。三輪田米山65歳のときの書である。

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この文字を彫ったのは三津の石工・吉村右三郎。松山地方に多数ある米山碑中、最も丁寧な彫りといわれる。

【参考文献】
松田卯太郎『新編温泉郡誌』松山石版印刷所 1916年3月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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