「のどかな春」

正岡子規の高祖父(曾祖父の父)にあたる人は名を一甫といい、松山藩に「お茶坊主」として仕えていた。茶道に心をゆだねた風流な人で、毎年、年賀の際には一枝の寒梅を袖に挿し「のどかな春でございます」と挨拶してまわっていたという。

余が玄祖父(注-高祖父の意)は正岡一甫といふてお茶坊主の役をしたまひき。(中略)翁が正月礼にまはる時には必ず一枝の寒梅を袖にして「のどかな春でございます」といひ給ひしとか。(正岡子規『筆まかせ』第一編「玄祖父」)


司馬遼太郎の『坂の上の雲』では、「のどかな」というような心境が子規のあこがれであるとして、この一甫の逸話が紹介されている。

かれ(注-子規)の本来の気持は、かれ自身すきな日本語のひとつである、
「のどかな」
というふうな心境にあこがれていた。ついでながら、子規の玄祖父にあたるひとは松山藩のお茶坊主で、一甫といった。初春の回礼に知人の家々をまわるとき、かならずえりに寒梅の枝を挿し、
-のどかな春でございます。
といってまわったという。子規はこのいくぶんこっけいな、しかし駘蕩とした城下の春を感ずるエピソードがすきで、友人たちによく話した。そののどか好きの子規が、芽ばえの苗をみながら、花のさく年を待っている。(『坂の上の雲』「子規庵」)


子規の有名な句に「春や昔十五万石の城下哉」。のどかな城下の時代の松山に思いをはせた句であるが、これを詠んだとき子規は高祖父一甫をそののどかな時代の体現者として思い浮かべていたかもしれない。

【参考文献】
『子規全集』第10巻(初期随筆)講談社 1975年5月
司馬遼太郎『坂の上の雲(二)』(新装版)文春文庫 1999年1月

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テーマ : 歴史上の人物
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