松山藩所有の唯一の蒸気船

慶応2年(1866)8月、松山藩は先に建設していた神奈川砲台を幕府に献上、その代償として軍艦一隻を賜わることになり、長崎でそれを受け取った。ところが、その軍艦はかなりの老朽船で使いものにならなかったため、藩はイギリスP&O社の蒸気船チューサン(Chusan)の購入契約をし、幕府に拝領の軍艦との引き替えを願い出た。幕府はこれを聞き入れて長崎奉行が代価を支払い、蒸気船チューサンが松山藩のものとなった。その際、大砲5挺を据えるなど軍艦としての装備が整えられている。

チューサンは1852年の建造、P&O社のシンガポール-オーストラリア間航路の第一船として知られていた。P&O社は欧州-極東間の定期航路を最初に開設したイギリスの船会社で、同社の持ち船は日本に多く売却されている。

松山藩の軍艦となったチューサンは、興居島の伊予小富士にちなんで小芙蓉丸と名づけられた(富士山の異称に芙蓉峰があることから小富士を小芙蓉としたもの)。松山藩所有の蒸気船は後にも先にもこれ一隻のみ。その虎の子ともいうべき船を長州藩に奪われることになる。(次回につづく)

【参考文献】
久松氏蔵版『松山叢談』第十四上 1889年
元綱数道『幕末の蒸気船物語』成山堂書店 2004年4月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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