松山城・土器堀

▼ 東雲公園(松山市東雲町)
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東雲公園の辺りはもと松山城の外堀の一部で「土器堀(かわらけぼり)」と呼ばれていたが、昭和30年に埋め立てられ平地となった。

松山城の外堀は藩の御用商人の府中屋念斎が工事を請け負ったことから「念斎堀」とも呼ばれていた。慶長18年(1613)頃からその造成が始められ、壮大な規模のものとなるはずだったが、元和元年(1615)の大坂夏の陣で豊臣氏が滅びたのを機に工事が中止されたという。

東雲公園内には「夕櫻城の石崖(いしがけ)裾濃(すそご)なる」の中村草田男句碑がある。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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