三津口停車場

正岡子規の「東京松山比較表」(明治22年〈1889〉12月「松山会」発表)に

品川停車場 三津口停車場

という対比がある。この三津口停車場というのは、伊予鉄道松山-三津間の開業(明治21年10月28日)当初の唯一の途中駅で、萱町縄手際(現在の市内電車・萱町六丁目電停付近)にあった。22年7月20日、三津口の駅名を古町と改称。36年3月14日、この古町駅を現在地に移した。

三津口はもともと松山城下町の西北端の町筋の名で、三津に至る街道に接続していたことからその名がついた。元禄年間(1688-1704)にはすでにその町名があったという。今の本町5丁目、松前町5丁目、萱町5丁目・6丁目辺りが三津口町だったところであるが、町名としても駅名としても三津口の名は消えてしまっている。

▼ 萱町6丁目の保健センター前にある子規句碑
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三津口を又一人行く袷(あわせ)哉 子規


三津口の町名が消え去ることを惜しみ、味酒公民館有志が建立したものという。

▼ 現在の伊予鉄道古町駅(三津口停車場の後身)
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【参考文献】
大石慎三郎監修『日本歴史地理大系39愛媛県の地名』平凡社 1980年11月
『伊予鉄道百年史』伊予鉄道株式会社 1987年4月
松山市教育委員会編『俳句の里 松山』松山市立子規記念博物館 2013年3月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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