「東京松山比較表」での三津

正岡子規の「東京松山比較表」(明治22年12月「松山会」例会発表)には

東京 松山

横浜 三津

とあって、三津は港町横浜と対比されている。当時の三津は県内で最も活気ある港町で、子規数え年15歳のときの作文「三津ニ遊ブ記」にも「三津浜ハ城西一里余ニアリ。和気郡中ノ名邑ニシテ昼夜往来織ルガ如ク実ニ国中ニ冠タリ」と記されている。

当時、松山-三津間にはすでに鉄道が敷設されていたが、「比較表」ではこれも取り入れて、

新橋横浜間鉄道 松山三津間鉄道

の対比もなされている。松山-三津間の鉄道の開業は明治21年10月、日本で最初の軽便鉄道であった。

「比較表」にはまた

洲崎 三津新地

という項目もある。洲崎、三津新地はともに遊廓。東京ではこの洲崎と吉原が二大遊廓。松山地方の遊廓は三津新地(稲荷新地)、道後松ヶ枝の二か所で、「比較表」では吉原を道後松ヶ枝と対比している。

「比較表」では三津を横浜と対比した子規であったが、三津を詠んだ俳句では鮮魚の町のイメージ(「温泉上(ゆあが)りに三津の肴のなます哉」、「秋風や高井のていれぎ三津の鯛」)。子規が郷里に言及して、「当地に於いて(中略)喜ばしきものは第一海魚の鮮なる事にて候」(明治18年8月2日付書簡)と述べたのはこの三津の魚のことであった。

▼ 三津の港の風景
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【参考文献】
『子規全集』第9巻(初期文集)講談社 1977年9月
『子規全集』第10巻(初期随筆)講談社 1975年5月
『子規全集』第18巻(書簡1)講談社 1977年1月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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