石手川の橋「立花橋」

▼ 立花橋
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正岡子規の「東京松山比較表」(『筆まかせ』第一編「松山会」)には

吾妻橋 立花橋


とある。現在の立花橋は昭和3年(1928)9月架設の4代目。初代は文政2年(1819)に架けられたもので、幅1mほどの粗末な板橋だったという。2代目は岩国の錦帯橋にならった立派な太鼓橋で、文政年間(1818-1830)の架設。坂本村浄瑠璃寺(現在の松山市浄瑠璃寺町)生まれの僧・尭音が発願し、托鉢で得た資金でこの太鼓橋が建設された。3代目は明治22年(1889)4月、架設の鉄橋。子規の「東京松山比較表」は同年12月の松山会で発表されたものだから、この3代目鉄橋を指しての東京・吾妻橋との比較だったのだろう。

▼ 立花橋近くの石手川堤にある尭音の供養塔
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【参考文献】
佐々木忍『松山有情』愛媛県教科図書株式会社 1978年5月
池田洋三『新版 わすれかけの街 松山戦前戦後』愛媛新聞社 2002年6月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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