東京の飛鳥山、松山では……

▼ 道後公園(国史跡「湯築城」跡)
DSCF5472_convert_20131010132157.jpg

正岡子規の「東京松山比較表」(『筆まかせ』第一編「松山会」)には

飛鳥山 道後公園


という項目がある。東京の飛鳥山(あすかやま)は江戸時代以来の桜の名所、明治6年(1873)には上野、芝などとともに日本最初の公園に指定された。松山でこの飛鳥山に当たるのは道後公園ということで、比較表に上の一項が設けられたのであろう。

秋山好古が陸軍士官学校の入学試験を受けたとき、「飛鳥山ニ遊ブ」と題して書けという作文の課題があったが、好古は飛鳥山が公園であることを知らず、「飛鳥(ひちょう)、山ニ遊ブ」の意だろうと考えて、鳥が山で歓び遊んでいるさまを書いたというエピソードが司馬遼太郎の『坂の上の雲』(「春や昔」)にある。これは実は好古と同期の別人のエピソードなのだが、この件については次回のブログ記事で述べることにしよう。

【参考文献】
『子規全集』第10巻(初期随筆)講談社 1975年5月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード