正岡子規「伊予松山というようなよきところに生まれ……」

正岡子規は随筆『筆まかせ』の一段で次のようなことを言っている。

愛郷心、愛国心とは妙なものにて道理もなきことなれど、能くも此日本といふ様な結構な国に生れたと思ふこと度々あり。(中略)又小さくいへばよく伊予松山といふ様なよき処に生れ、よく我内に生れ、よくも我親の子となり、能くも我身に生れたるよと思ふことあり。勿論理屈上よりいへば最少(もすこ)し金満家に生れ、最少し才智ある者に生れたらばと思ふことなきにあらねど、感情の上にてはやはり我身を愛し、我故郷を愛し、我親を愛すること奇妙なり。多くの人も皆かゝる感情あらんと思はる。(『筆まかせ』第一編「愛身、愛郷」明治二十一年)


日本という国に生まれたこと、伊予松山の地に生まれたこと、正岡の家の我が親のもとに生まれたこと、ほかならぬ我が身に生まれたこと、子規はそのいずれも仕合わせと感じている。屈折したところの全くない大いなる肯定の精神、子規は誠に健全な魂の持ち主としてこの世に生まれた。その子規が生まれたのは慶応3年9月17日、西暦1867年10月14日、146年前の今日である。

【参考文献】
『子規全集』第10巻(初期随筆)講談社 1975年5月

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テーマ : 歴史上の人物
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