三津浜築港起工記念碑

▼ 三津浜築港起工記念碑(三津恵美須神社)
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明治四十二年七月十三日 三津濱築港起工紀念
   愛媛縣知事正四位勲三等安藤謙介


明治42年(1909)7月13日の三津浜築港起工式(ブログ本年10月2日記事参照)にあたって建立された記念碑。県知事・安藤謙介(在任1904年11月~1909年7月)の揮毫。この碑については、伊予鉄道社長・井上要の回想録に

茲に於て三津浜築港は愈準備を進め工事に着手することゝなった。同町は積年の大願茲に成就せるを喜ちび四十二年七月大々的に其起工式と祝賀会を挙行したが其景気は実に同町空前の盛況を極めたもので先づ大なる自然石を以て安藤知事頌徳の築港記念碑を建立した。そうして同知事は満艦飾の船に座乗して築港の礎石を据ゑ祝賀の宴会、全町の装飾あらん限りの力を尽して人心湧くが如く(以下略) (井上要『伊予鉄電思ひ出はなし』第三「高浜開港と三津浜問題」九「盛況を極めた築港の起工式」)


と言及されている。港の近くに建立されたのであろうが、現在は三津2丁目の恵美須神社境内。明治42年の幻に終わった三津浜築港、安藤謙介は三津浜町民・愛媛県民を欺いたというのが井上要の見解であった。

三津浜大築港計画の成行は実に言ふに忍びず見るに堪えへざる悲惨の結末であって其形跡より之(これ)を推せば安藤知事及び藤野政高等は三津町民と愛媛県民を欺いたものに違ひない。(井上要『同上』第三「同上」一〇「大築港忽ち壊滅」)


安藤謙介はロシア語に堪能でロシア通を自認、しばしばロシアを語ってほらを吹き大言壮語するため「ホラヲフスキー」とあだ名されていたという話が伝わっている(柴田宵曲の『明治の話題』Ⅲ「安藤閣上」)。

【参考文献】
井上要『伊予鉄電思ひ出はなし』伊予鉄道電気社友会 1932年9月
柴田宵曲『明治の話題』ちくま学芸文庫 2006年12月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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