もうひとつの「春や昔」の句

「春や昔十五万石の城下哉」は子規が明治28年(1895)に詠んだ有名な句であるが、同年、子規は「春や昔古白(こはく)といへる男あり」という句も詠んでいる。「古白」は子規の従弟の藤野古白で本名潔(きよむ)。幼年時代より子規と親しく、早くから句に才能を示したが、明治28年4月、わずか24歳で拳銃自殺した。自殺の原因は叔母(継母の妹)に対する失恋であったという(服部嘉香「子規と古白と拓川」)。「~男あり」はその古白に対する追悼句である。

古白には俳句・和歌・新体詩、戯曲などの文業があった。子規は古白の三回忌に当たって病身でありながらほとんど独力でそれらを編集、『古白遺稿』と題して出版した。文学者・藤野古白の名は子規編集のその書によって完全な忘却から免れることを得ている。

【参考文献】
畠中淳(編著)『加藤拓川』松山子規会 1982年2月
和田茂樹編『子規と周辺の人々』(増補版)愛媛文化双書刊行会 1993年5月

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テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

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