くしゃみ

古代ギリシアでは「くしゃみ」は吉兆と考えられていた。ホメロスの『オデュッセイア』にはテレマコスが大きなくしゃみをして母ペネロペイアが吉兆と喜ぶ場面がある。

こういったとたん、テレマコスが大きなくしゃみをし、部屋全体に凄まじく鳴り響いた。ペネロペイアは声を出して笑い、直ぐエウマイオスに翼ある言葉をかけていうには、「さあ行ってあの他国の男を、こうしているわたしの前へ呼んで来ておくれ。いま倅がわたしのいったことの総てに、幸先よくくしゃみをしたのをそなたも見たであろう。されば、求婚者全員に死は必ずや訪れ、一人として死の運命を免れることはできまい。(以下略)」(『オデュッセイア』第17歌541行)


テレマコスのくしゃみはペネロペイアに求婚する暴慢な男どもに死が訪れるというしるしであった。

クセノポンの『アナバシス』にもくしゃみを吉兆とする記述がある。

彼がこう言っている時、くしゃみをした者がいた。兵士たちはそれを聞くと、全員一斉にひざまずいて、吉兆を示し給うた神に拝礼した。(『アナバシス』巻3・第2章)


古代ギリシアの人々は不意におこるくしゃみを神によって示される吉兆ととらえたのであった。

上代の日本ではくしゃみは人が自分のことを思っていることのしるし、また、恋人が訪れてくることのしるしと考えられていた。『万葉集』の下に引く歌にその意がみえる。

うち鼻ひ 鼻をぞひつる 剣大刀(つるぎたち) 身に添ふ妹(いも)し 思ひけらしも(『万葉集』巻11・2637)


「鼻ひ(終止形「はなふ」)はくしゃみをすること。「くしゃみが出、またくしゃみが出た。腰に帯びる剣の大刀のように、いつも身に添い寝るあの子が、私のことを思っていてくれるらしい」という歌意で、くしゃみが出るのは恋人に思われていることのしるし。

眉根(まよね)掻き 鼻ひ紐解け 待つらむか いつかも見むと 思へる我れを(『同上』巻11・2408)


「眉根掻く」「鼻ふ」「紐解く」はいずれも人に逢える前兆。「眉を掻き、くしゃみをし、紐も解けて、今頃待ち設けているのだろうか。いつ逢いに行けるかと思い悩んでいる私なのに」という歌意。

後の時代には、くしゃみは悪いことの起こる前兆と解され、くしゃみが出たときには「くさめくさめ」という災い除けの呪文を唱えた。『徒然草』に「くさめくさめ」と唱える尼の話(第47段)があるが、教科書にも出るよく知られた話なので引用は省略する。

【参考文献】
西尾実・安良岡康作校注『新訂 徒然草』岩波文庫 1985年1月
松平千秋訳『アナバシス』岩波文庫 1993年6月
松平千秋訳『オデュッセイア(下)』岩波文庫 1994年9月
伊藤博『萬葉集釋注 六』集英社文庫 2005年9月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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