大洲ゆかりの陽明学者、中江藤樹

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陽明学者で「近江聖人」と尊称された中江藤樹(1608-1648)は、10歳から27歳の時までを大洲で過ごした。大洲城内にはその銅像が建立されている。

藤樹は「知行合一」を旨とする陽明学の立場から、

それ学問は心のけがれをきよめ身のおこなひをよくするを本実とす。(中略)にせの学問は、博学のほまれを専とし、まされる人をねたみ、おのれが名をたかくせんとのみ、高満の心をまなことし、孝行にも忠節にも心がけず、只ひたすらに記誦詞章の芸ばかりをつとむる故に、おほくする程心だて行儀あしくなれり。(『翁問答』下巻之本)

と説いた。道徳的な人格を確立するのが学問の本質、知識だけの学問は学問でないというのがその主張であった。

【参考文献】
山井湧・山下龍二・加地伸行・尾藤正英校注『日本思想大系29 中江藤樹』岩波書店 1974年7月

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テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

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