「鉄砲町」の町名

松山北高校の南側一帯は「鉄砲町」の町名。

▼ 伊予鉄道・市内電車「鉄砲町」停留所
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江戸時代、鉄砲鍛冶が居住していたのでこの町名になったという。

寛政12年藩主が桑名から鉄砲鍛冶をよび、火縄銃を作らせたという。これが町名となったと思われ、江戸後期に鉄砲屋町、のち鉄砲町と公称されるようになったと推定される。(『角川日本地名大辞典 愛媛県』「鉄砲町」の項)

鉄砲製造業者が居住していたので、この町名が生れたとの伝承がある。(中略)初め清水町に属していたが、江戸後期になって鉄砲町と公称されるようになったのであろう。(『愛媛県の地名』「鉄砲町」の項)


【参考文献】
『日本歴史地理大系39 愛媛県の地名』平凡社 1980年11月
『角川日本地名大辞典38 愛媛県』角川書店 1981年10月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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