松平定政の霊廟

▼ 松平定政の霊廟(松山市祝谷東町・常信寺)
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松平定政(1610-1673)は徳川家康の異父弟定勝の6男。3代将軍家光に仕えて、三河刈谷2万石の領主となったが、4代将軍家綱の時に困窮旗本を救済しようとしない幕府に抗議して上野寛永寺で落飾、領地返上を願い出た。幕府はこれを狂気のなすところとして領地を没収し、定政を松山藩主の兄定行に預けて謹慎を命じた。以後、定政は兄の庇護のもと松山東野の吟松庵で和歌・華道に親しむ生活をおくり、63歳で没した。常信寺にあるその霊廟は県指定の史跡。隣接する兄定行の霊廟とは異なり、至って簡素な造りとなっている。

【参考文献】
松山市史編集委員会編『松山市史』第2巻(近世)松山市役所 1993年4月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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