松平定行の霊廟

▼ 松平定行の霊廟(松山市祝谷東町・常信寺)
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松平定行(1587-1668)は徳川家康の異父弟定勝の次男。寛永12年(1635)、伊勢桑名11万石から松山15万石に封ぜられて入国。道後温泉を整備し、松山城の天守を五層から三層に改修、藩内の殖産興業にもつとめた(松山では餡入りタルトを考案した殿様として有名)。晩年は東野に別荘(県指定史跡「東野お茶屋跡」)を営み、勝山と号して自適の余生をおくった。没後、遺骸は祝谷村(祝谷東町)の常信寺に葬られ、霊廟が建てられた。常信寺はもと勝山の麓にあったが、定行が松山の鬼門鎮護のために祝谷の現在地に再興したといわれている。定行の霊廟は寛文11年(1671)の造営で、県指定の史跡。常信寺にはその実弟の定政の霊廟もある。

【参考文献】
松山市史編集委員会編『松山市史』第2巻(近世)松山市役所 1993年4月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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