伊予小富士

▼ 興居島の伊予小富士(松山市泊町・標高282m)
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明治42年(1909)刊の『温泉郡誌』に小富士についての記述がある。

小富士は南部の中央にあり。俗に之を泰山とも云ひ、又古くは基山とも称したり。其形駿河の富士山に似たるを以て此名あり。高海抜千五十尺、傾斜頗る急なる円錐形をなし、満山松樹を以て掩はる。高浜と相待し、山水の賞、本県第一と称す。(『温泉郡誌』「興居島村誌」)


当時の小富士は「満山松樹」、山全体が松の木でおおわれていた。いま山麓はみかん畑、中腹から上は雑木林。

『温泉郡誌』は小富士が火山であるとも記している。

此山は其形状より見るも地質より察するも其昔噴火の壮観を呈したりしこと疑ふべくもあらず。殊に山麓は集塊凝灰炭等の散落せるあり。加ふるに近傍寄生火山と見るべき者あり。況や本島は正しく阿蘇火山脈の通過する所なり。斯の如く小富士山の火山たる証跡歴々として見るべき者あるに拘はらず通常の地理書に地文学的に研究したる記事を載したることなし。(同上)


小富士は火山のような形状だが、火山そのものではない。『松山市史』の記述には次のようにある。

市内には祝谷御幸寺山・北斎院町岩子山・泊町小富士・釣島などのように、外観的に火山に似た円錐形山容や富士山に似た地形を示す山地があちこちに認められるが、火山岩(安山岩類)は山頂付近に分布するのみで、山体の中腹以下は領家花崗岩類である。これらは、一五〇〇万年前ごろに千葉県銚子から九州東部にかけての各地で噴火した、いわゆる瀬戸内火山活動と呼ばれる火山群であり、噴出するマグマが冷却し、その通り道(火道)を満たした安山岩の岩頸である。風化して真砂土となり易い花崗岩類は浸食され、反対に風化浸食に耐えた安山岩類が、地形的に突出しているもので、火山そのものではない。(『松山市史』第1巻)


マグマが冷えて固まった岩頸。小富士は太古の火山活動の痕跡ということになる。

【参考文献】
愛媛教育協会温泉部会編『温泉郡誌』松山向陽社 1909年3月
松山市史編集委員会編『松山市史』第1巻 1992年10月

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テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

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