松電の開業

明治44年(1911)9月1日、松山電気軌道開通(住吉町-本町、札ノ辻-道後)。同日付の海南新聞は道後や三津浜で開通を祝う盛大な催しがおこなわれると伝えている。

松電の開通
道後公園の美観 公園正面入口にはアーチ形の門を造り柱頭大社旗、並に大小の国旗を交叉しイルミネーションを点綴し園内風詠館の附近には千燭光のアーク燈五個の設備あり。万国旗はクモの巣の如く引きつめられビヤホール、休憩所等の設けあり。風詠館の東方には演舞場を新設し、附近一帯の松樹には十数百の電燈燦然として輝き、時ならぬ不夜城の観を呈す可し。
花火の内に景品 広島より来れる花火師の趣向になれる仕掛花火は一日より三日間昼夜公園内にて打上げられ殊に昼の分には花火中に五六千枚の景品券を入れあり。而して該景品券は直に景品引換所にて現品と引替へらるゝ筈にて景品は時計、反物、其他余多あり。
演舞場 演舞場には一日正午より午后十二時頃迄、道後芸妓の手踊り藤川組の仁和加、ミドリ連の浄瑠璃、松本組の喜劇等あり。尚ほ当日は芸妓連は松電社の印入の揃の衣装にて屋台を引き三味線囃にて道後市中を練り歩き、それより公園に入る筈にて其数は六十余名なりと。
引幕の寄贈 松山花山舎は勝山城、道後温泉、鯛魚の三つを染め出せる大幔幕、道後芸妓は道後と松電の紋を打出せる大幔幕を寄贈し、其他前田商店の引幕等あり。
入浴は無料 開業期間中は温泉入浴は松電切符贈買者は全部無料。但一の湯は四割引なり。
三津浜の盛飾 住吉橋停留所附近に大アーチを設け大イルミネーションの取付あり。各町何れも造り物を出し、且つ国旗、球燈、商店の売出、其の他素人相撲、海水浴場の余興の設備等あり。其盛観想ふ可し。
鮮魚の握み取り 三津浜町にては開業祝意を表する為め明二日、江の口より堀川橋間を仕切、満潮時を見計らひ数百円の鮮魚を水中に放ち干潮を竣ち何人にも自由に捕魚の遊びを為しむる筈にて而も同堀川の水は干潮には殆んど河底の見ゆる位なれば大人は勿論婦人、小児と云へども洲崎橋を中心として溌溂たる大小の魚鱗を捕ふることを得べく定めし面白き遊びなるらん。但し投網は禁物とのこと。尚ほ一日より引つゞき昼夜花火を打上げ興を添ふ筈。(明治44年9月1日付「海南新聞」)


松電の営業ぶりは斬新奇抜なものが多かったと伊予鉄の社史に記されているが、開業初日のこうした趣向も当時としては斬新なものであったのだろう。

【参考文献】
伊予鉄道『五十年史』1936年9月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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