伊予鉄道・道後温泉駅

▼ 伊予鉄道・道後温泉駅
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現駅舎は昭和61年(1986)の建築で、旧駅舎を忠実に再現したもの。大正時代、この駅の隣には松山電気軌道(松電)の道後駅があった。

伊予鉄と松電は路線が併行しており、一番町、道後では駅も隣接していた。この両駅で見られたのが両社従業員による鈴を鳴らしての熾烈な客取り合戦。当地の奇観として全国的にも知られた。伊予鉄の社史には、「当時道後、一番町の両駅は両社軒を並べて相接し電車発着毎に両社現業員は警鈴を振りつゝ街頭に進出して乗客の争奪を繰り返す為め附近住民は喧騒に堪へず、遂に警察も注意を促した」と記されている。

高浜虚子の『伊予の湯』「某夫人の日記」の章にこの道後の両社の駅のことが出ている。

主人と二人で松山に行く。半里にも足らぬ短い処に会社の違った電車の二つあるのが滑稽。どういうわけかと思ったら政友会と憲政会との争いから二つ出来ているのだとの事。並んである停車場の一足近い方のへ乗る。これが憲政会の方との事。ピッと言って道後を発車したと思うと間も無くピッと言って一番町駅というに着く。其処(そこ)がもう松山であった。(高浜虚子『伊予の湯』「某夫人の日記」)


「政友会」の方の駅が松電、「憲政会」の方の駅が伊予鉄である。伊予鉄社長の井上要は憲政本党系愛媛進歩党の代議士であった。三津浜はその対立政党の政友会を支持して、松電設立に携わった。

【参考文献】
高浜虚子『伊予の湯』(発行編集・森知之)1919年4月
伊予鉄道『五十年史』1936年9月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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