「二日灸」

旧暦二月二日・八月二日に灸をすえる「二日灸」という風習が古くはあった。この日に灸をすえると倍の効能がある、疫病除けになるという俗信にもとづいたもので、子規が子供の頃の正岡家でもこれが行われていた。

〈河東碧梧桐〉松山では、子供にお灸をすゑる習慣があって、我々時代まで、可なり頑強に圧迫したものですが、無論升さん(子規のこと)もすゑたことでせう。
〈正岡律〉私どもの宅では、二八月と言って、一年に二度すゑました。一個処に五十位づゝ、背中と横腹と腰とへ九個処位据ゑましたから、やがて半日仕事でした。このお灸は、東京へ遊学する時まで、ずっと続いてゐました。お灸をすゑると、すゑ賃といふので、兄はいつも大和屋-其の頃の貸本屋-から、例の八犬伝だとか、弓張月だとか言った小説本を借りてゐました。(正岡律・河東碧梧桐「家庭より観たる子規」)


俳句では「二日灸」は二月のそれに特定して春の季語となっている。

婆々様の顔をしぞ思ふ二日灸 子規(明治26年)


子規は婆々様の小島久に灸をすえてもらっていたのであろう。

【典拠文献】
『子規全集』第1巻(俳句1)講談社 1975年12月
『子規全集』別巻3(回想の子規2 附補遺)講談社 1978年3月

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テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

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