三津厳島神社の玉垣

三津厳島神社(松山市神田町)の玉垣

▼ 幕末、万延元年(1860)の造立部分
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「御船手中」、船手は藩の御用船の操船・管理を職務とする三津常駐の士卒。三津に置かれた藩の船奉行がこれを統率した。

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「…川崎屋儀右衛門 和泉屋市右衛門 天野屋儀兵衛 中屋與五右衛門 山西屋利左衛門 冨久屋嘉蔵…」、三津の商人たちの名であろう。 江戸時代の三津は大店(おおだな)が軒をつらねる商業の町であった。

▼ 玉垣横の石柱
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「玉垣 世話人 乗松勘蔵 岩城金蔵 岡田甚蔵 松本伴次 岡田徳助 田中伊太郎 石工吉村右太郎 萬延元申九月吉日」、玉垣が万延元年(1860)九月の造立であることが示されている。

▼ 昭和の造立部分
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玉垣の東側は昭和の造立。親柱に「三津浜國防婦人会」。大日本国防婦人会という組織が昭和7年(1932)10月から17年2月まであったから、玉垣のこの部分はその頃の造立であろう。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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