「~子」の女性名

「~子」という名は皇族・貴族の伝統的な女性名であったが、この伝統を創ったのは平安初期に在位した嵯峨天皇(786-842 在位809-823)であったという。

嵯峨朝以降の特色 この時期を画するいちじるしい出来事は、嵯峨天皇が乳母の氏の名による命名法を廃し、皇王女の名に好字を択ばれたことである。すなわち天皇は、皇女のうち内親王には×子、臣籍に降して源姓を賜うた皇女には×姫と命名されたのであった。(中略)
嵯峨天皇が垂範されたこの命名法は、とくに×子型に関して、日本における女性の名に計り知れぬほと大きな影響を与えた。(中略)
むろん、子型の女性名は、奈良時代から漸増の傾向にあったけれども、嵯峨天皇によるこの命名法は、貴族社会の女性名を爆発的に変化せしめた。(中略)貞観-元慶期には、子型の名は、貴族の女性名として固定したとさえいえる。(角田文衛『日本の女性名-歴史的展望』)


内親王を「~子」と命名するのは嵯峨朝以降、連綿とつづき現在にまで至っている。

嵯峨天皇は多数の妻を擁し、五十名もの子女をもうけた。その嵯峨天皇の諱は神野(賀美能)。伊予国神野郡石鎚山の修行僧寂仙禅師の生まれ変わりが神野親王(=嵯峨天皇)であるとの話が『日本霊異記』にあることを付け加えておこう。

【参考文献】
小泉道校注『新潮日本古典文学集成 日本霊異記』新潮社 1984年12月
林英男編『歴代天皇・年号事典』吉川弘文館 2003年12月
角田文衛『日本の女性名-歴史的展望』国書刊行会 2006年4月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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