興居島「鷲ヶ巣千軒長者」の伝説

▼ 興居島・鷲ヶ巣(わしがす)
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興居島の西に位置する鷲ヶ巣。由利島(油利嶋)の「由利千軒」と同様の伝説がここにもある。「鷲ヶ巣千軒長者」―鷲ヶ巣は興居島で最初に開けた集落で、千軒もの家があり、みな豊かな暮らしをしていたので、千軒長者と呼ばれていた。その千軒の長者の一人で池田長者と呼ばれた人がこの地に「薬師稲荷不動」という堂宇を建てたが、これは千軒の家がある地でないと建ててはいけないものだった。あるとき、津波がこの地を襲い、人家の大半が押し流されて、鷲ヶ巣は昔日の面影を失った云々。「由利千軒」と同じく、昔は繁栄していたが、津波でそれが失われたという伝説である。

▼ 鷲ヶ巣(海上の島は釣島)
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▼ 鷲ヶ巣漁港
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▼ 鷲ヶ巣の海岸
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カモセ島(左)と釣島(右)、海岸近くの岩は「かさね」の名称。伝承によると、昔の鷲ヶ巣は平地が海の方にひろがっていて、干潮時には釣島まで歩いて渡れた。「かさね」も田の下に埋まっていて、農作業をすると鋤がこの岩の頂に当たった。津波で田が押し流されたあと、「かさね」がその姿をあらわしたという。

▼ 「由利千軒」の伝承がある由利島は興居島からも見える(画像左端は釣島)。
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由利島にも「わしがす」という地名があるが(寛政5年〈1793〉「油利嶋絵図」)、興居島の鷲ヶ巣との関連は不明。

▼ 鷲ヶ巣の薬師堂
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池田長者が建てた「薬師稲荷不動」の後身だという。

【参考文献】
松山市立興居島中学校『ふるさと興居島』 1985年3
松山市教育委員会編『忽那諸島の歴史を訪ねて』1990年3月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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