中島紀行-神浦から大浦へ(2)

神浦から宮野、長師、小浜を経て大浦へと進む。約4kmの道のり。

▼ 海上に無人島の高島殿島 
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▼ 姫ケ浜海水浴場(長師)
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長師漁港の東にある全長約500mの砂浜。「長師は長洲とも書き、砂丘の意味である」(『中島町誌』)。海上の島は高島。

昭和18年(1943)6月8日、戦艦陸奥が柱島(山口県)南方沖に係留中、爆発事故を起こして沈没、1000名をこえる乗員が死亡した。その後、この長師の浜(姫ケ浜)に「大日本帝国海軍軍艦陸奥」と書かれた水兵の帽子が多数漂着したという。

▼ 松山市立中島小学校(長師)
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島内にあった3校の小学校(中島東小学校・中島南小学校・天谷小学校)が閉校となり、松山市立中島小学校として統合された。児童数88名(2011年度)。

▼ 「文中の板碑」(小浜)
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板碑は石造供養塔の一種。小浜にあるこの板碑は「文中元年壬子」(=西暦1372年)の造立紀年銘があるので、「文中の板碑」と呼ばれる(高さ1.6m・幅30㎝)。文中は南北朝時代の南朝側、長慶天皇の時の年号で、南朝方に与(くみ)した忽那氏が建立したものだといわれている。県指定有形文化財。

【参考文献】
中島町誌編集委員会編『中島町誌』中島町役場 1968年10月
松山市教育委員会編『忽那諸島の歴史を訪ねて』1990年3月
山野芳幸『忽那諸島界隈はええとこぞなもし』株式会社エーシー 2006年8月

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テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

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