明治28年10月2日の正岡子規

明治28年(1895)10月2日-この日、正岡子規は午後より一人で松山の南郊を吟行、「真宗の伽藍いかめし稲の花」「花木槿(はなむくげ)雲林先生恙(つつが)なきや」「我見しより久しきひょんの木実哉」「寺清水西瓜も見えず秋老いぬ」などの句を詠んだ。

▼ 「真宗の伽藍いかめし稲の花」(拓川町・相向寺)
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句は中之川の真宗寺院・蓮福寺を詠んだものであるが、句碑は同じ真宗ということに因んで拓川町の相向寺に建てられた。

▼ 浦屋雲林邸跡(柳井町2丁目)・「花木槿雲林先生恙なきや」
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浦屋雲林(1840-1898)は旧松山藩士。漢詩文に巧みで、子規も詩作の指導を受けた。雲林邸は敷地約700坪で、庭園には210坪もの大きな池があり、清水が湧き出ていたという。邸は雲林没後、料亭「亀の井」となったが、今は空き地。

▼ 「我見しより久しきひょんの木実哉」「寺清水西瓜も見えず秋老いぬ」(泉町・薬師寺)
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句は薬師寺境内のヒョン(木の名称)と泉を詠んだもの。ヒョンはイスノキ(マンサク科の常緑高木)のことで、子規が「木実」と思って詠んだのは、この木の葉にできる「虫こぶ」(植物体に昆虫が産卵・寄生することによってできる植物組織の異常発育部分。虫癭ともいう)であったから、子規は後日「木実哉」を「茂哉」と改めた。子規が句に詠んだこのイスノキは今ものこっており、市の天然記念物に指定されている。「寺清水」と詠んだ同寺の泉は現存しない。

▼ 薬師寺境内のイスノキ(市指定天然記念物)とその「虫こぶ」
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イスノキの「虫こぶ」は、成虫が飛び出した後に穴があき、笛のように吹くとヒョウヒョウと鳴るので、木にヒョンの名がついたという。

▼ 同寺境内の句碑「寺清水西瓜も見えず秋老いぬ」「我見しより久しきひょんの茂哉」
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「我見しより」は改作後のものが刻まれている。

【参考文献】
松山市教育委員会編『俳句の里 松山』松山市役所 1994年4月

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テーマ : 歴史上の人物
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