足立重信の墓

▼ 足立重信の墓(松山市御幸1丁目・来迎寺)
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足立重信(-1625)は初代松山城主加藤嘉明の重臣。石手川・重信川の改修、松山城の築城、城下町の建設に力を尽くしたとされ、その遺言によって城の見えるこの地に葬られたという。墳墓は県指定記念物(史跡)。墓碑は高さ224㎝、花崗岩の五輪塔である。大正14年(1925)、重信の三百年忌に当たって献燈碑二基が墓碑の左右に建設された。竿石には「功や三百年の水も春 鳴雪」(右)、「寳川伊豫川の秋の出水哉 霽月」(左)の句が刻まれている。「功」は「いさおし」の読み。「鳴雪」は内藤鳴雪。「寳川伊豫川」は石手川・重信川の改修前の名称。「霽月」は村上霽月。

▼ 近くには「足立重信頌功之碑」もある。
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郷土の偉人ということになっている足立重信であるが、その実像については不明な点が多い。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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