足尾銅山鉱毒事件と田中正造

明治時代の足尾銅山鉱毒事件―栃木県の足尾銅山から排出される鉱毒は、渡良瀬川流域の農漁業に深刻な被害をもたらし、人体にも影響をおよぼすようになった。同県選出の衆議院議員田中正造は、議会で銅山の操業停止を政府に求めたが、政府はこれに応じなかった。議会での活動では効果がないと判断した田中は、議員を辞職し、明治天皇に直訴を試みたが、果たせなかった。のち政府は渡良瀬川の洪水防止と鉱毒沈殿のために遊水池を造ることとし、栃木県の谷中村を廃村として住民を移転させ、同村にこれを建設した。しかし、田中はこの政策を不服とする住民とともに谷中村に残り、大正2年(1913)に死去するまでここに住みつづけて政府に抗議した。

その田中正造の日記、明治45年6月17日条には、次のような言葉が記されている。

真の文明ハ山を荒さず、村を破らず、人を殺さゞるべし。


同日記、44年5月14日条には、「人ハ万事の霊(注-霊長の意)でなくもよし、万物の奴隷でもよし、万物の奉公人でもよし」とあり、「人ハただ万事万物の中に居るものにて、人の尊きハ万事万物に反(そむ)きそこなはず、元気正しく孤立せざるにあり」とある。人間は自然の中の一員として存在しているのであるから、自然と調和して生きて行かなければならないというのがその主張であった。

田中正造、今日9月4日がその命日である。

【典拠文献・参考文献】
由井正臣・小松裕編『田中正造文集(二)』岩波文庫 2005年2月
石井進・五味文彦・笹山晴生・高埜利彦『詳説日本史 改訂版』山川出版社 2007年3月
佐藤信・五味文彦・高埜利彦・鳥海靖編『詳説日本史研究 改訂版』山川出版社 2008年8月
小松裕『全集 日本の歴史 第14巻 「いのち」と帝国日本』小学館 2009年1月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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