重信川

▼ 重信川(東温市・拝志大橋付近)
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▼ 同上
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▼ 河口付近(松山市)
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重信川は松山平野を流れる一級河川。古くは伊予川と呼ばれ、大雨のたびに氾濫を繰り返していたが、初代松山城主加藤嘉明の命で家臣足立重信が改修したので、重信川と称するようになったという。河川名のこうした由来は司馬遼太郎の『街道をゆく』でもふれられている。

豊臣時代までは、伊予第一の川ということで、伊予川とよばれていた。重信というのは、改修者の名である。日本の河川で人名がついているのは、この川だけではないか。(中略)わざわざ諱を河川の名にしたというのは、嘉明自身の命によるものといっていい。領内の重要な河川に家臣の名をつけるなど、よほどのことであったろうと思われる。(司馬遼太郎『街道をゆく14 南伊予・西土佐の道』)


足立重信は通称半助、のち半右衛門。美濃国(現在の岐阜県)の生まれ。若年の頃から加藤嘉明に仕えた。普請奉行として松山城築城の任に当たったのも足立重信である。

【典拠文献・参考文献】
司馬遼太郎『街道をゆく14 南伊予・西土佐の道』朝日新聞社 1981年6月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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