明治23年7月24日の正岡子規

明治23年(1890)7月24日-河東静渓の日記によると、この日、子規は三津浜で海水浴をし、帰途「溌々園」に立ち寄った。

七月二十四日(中略)二兒浴三津海水、値正岡藤野相原生、皆倶浴海水者、帰途憩于溌々園。(静渓日記)

七月二十四日(中略)二兒三津の海水に浴す。正岡・藤野・相原生に値ひて、みなともに海水に浴すといへり。帰途、溌々園に憩ふと。(静渓日記)


「二兒」は静渓の子の竹村鍛と河東可全。「正岡藤野相原生」は正岡子規、藤野古白、相原栄三郎である。現在、三津の海岸に海水浴のできるところはないが、当時は旧お台場辺りが遠浅の砂浜であった。『三津浜誌稿』によると、「旧お台場の海岸はアカシアの並木が繁った白砂と、遠浅で水の綺麗な涼地であった」という。

子規はしばしば三津浜を訪れているが、海水浴をしたというのはこの日ぐらいかもしれない。柳原極堂『友人子規』はこの日のことについて、「予の記憶にも、子規が游泳をなせしことを覚えない。或は全く游泳を知らなかったのかとも思ふが、そは兎に角に、此頃は病気保養のために海風に吹かれ、海水に脚を浸す位の程度で、海水浴に来てゐたものであらう」と記しているから、海水浴といってもそれは遊泳を目的としたものではなかったのであろう。

【参考文献】
柳原極堂『友人子規』前田出版社 1943年2月
三津浜郷土史研究会編『三津浜誌稿』1960年12月
『子規全集』第22巻(年譜 資料)講談社 1978年10月

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テーマ : 歴史上の人物
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