平安貴族の夫婦喧嘩

『源氏物語』「夕霧」巻に夕霧とその妻雲居の雁(くもいのかり)の夫婦喧嘩のさまが描かれている。物語であるからもちろんフィクションであるが、平安貴族の夫婦喧嘩とはこういうものであったろうと思わせる内容である。以下、その喧嘩の場面の原文。夕霧は浮気をしている。雲居の雁はその帰りを待っている……

日たけて、殿にはわたりたまへり。入りたまふより、若君たち、すぎすぎうつくしげにて、まつはれ遊びたまふ。女君は、帳(とばり)のうちに臥したまへり。入りたまへれど、目も見合はせたまはず。つらきにこそはあめれ、と見たまふもことわりなれど、憚り顔にももてなしたまはず、御衣をひきやりやまへれば、「いづことておはしつるぞ。まろは早う死にき。常に鬼とのたまへば、同じくはなり果てなむとて」とのたまふ。
「御心こそ、鬼よりけにもおはすれ、さまは憎げもなければ、えうとみ果つまじ」と、何心もなう言ひなしたまふも、心やましうて、
「めでたきさまになまめいたまへらむあたりに、あり経(ふ)べき身にもあらねば、いづちもいづちも失せなむとす。なほかくだになおぼし出でそ。あいなく年ごろを経にけるだに、くやしきものを」
とて、起き上がりたまへるさまは、いみじう愛敬づきて、にほひやかにうち赤みたまへる顔、いとをかしげなり。
「かく心幼げに腹立ちなしたまへばにや、目馴れて、この鬼こそ、今は恐ろしくもあらずなりにたれ。神々(かうがう)しき気(け)を添へばや」
と、たはぶれに言ひなしたまへど、
「何ごと言ふぞ。おいらかに死にたまひね。まろも死なむ。見れば憎し。聞けば愛敬なし。見捨てて死なむはうしろめたし」(以下略)


歯切れのいい与謝野源氏で訳文を示してみよう。

昼近くなって大将は三条の家へ帰ったのであった。家へはいるともうすぐに何人もの同じほどの子供たちがそばへまつわりに来た。夫人は帳台の中に寝ていた。大将がそこへ行っても目も見合わせようとしない。恨めしいのであろう、もっともであると夕霧も知っているのであるが、気にとめぬふうをして夫人の顔の上にかかった夜着の端をのけると、
「ここをどこと思っておいでになったのですか。私はもう死んでしまいましたよ。平生から私のことを鬼だとお言いになりますから、いっそほんとうの鬼になろうと思って」
と夫人は言った。
「あなたの気持ちは鬼以上だけれど、あなたの顔はそうでないから私はきらいになれないだろう」
何一つやましいこともないようにこんな冗談を言う良人を夫人は不快に思って、
「美しい恋をする人たちの中に混じって生きていられない私ですから、どんな所でも行ってしまいます、もうあなたの念頭になぞ置かれたくない。長くいっしょにいたことすら後悔しているのですから」
と言って、起き上がった夫人の愛嬌のある顔が真赤になっていて一種の魅力をもっていた。
「子供らしく始終腹をたてる鬼だから、もう見なれて怖ろしい気はしなくなった。少し恐ろしいところを添えたいね」
と良人が冗談事にしてしまおうとするのを、
「何を言っているのですか。おとなしく死んでおしまいなさいよ。私も死にますよ。いろんなことを聞いているとますますあなたがいやになりますよ。置いて死ねばまたどんなことをなさるかと気がかりだから」(以下略)


幼いころからの純愛で結ばれた二人であったが、結婚生活はこのありさま。夕霧は「おとなしく死んでおしまいなさいよ」とまで言われる。口論で夫は妻に勝てないというのは、いつの世も同じであるかもしれない。

【典拠文献】
石田穣二・清水好子校注『源氏物語 六』新潮日本古典文学集成 1982年5月
与謝野晶子訳『源氏物語(中)』河出書房新社 1987年12月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード