明治25年7月19日の正岡子規

明治25年(1892)7月19日-この日、子規は高浜虚子、河東碧梧桐、伊藤可南とともに三津の「溌々園」に赴き、競吟句会をおこなった。この句会で子規は「涼しさや白帆白帆の風の向」「夕立の見る見る過る白帆哉」「涼しさに白帆数そふけしき哉」「くれきらぬ白帆に白し夏の月」などの句を詠んでいる。

三津の「溌々園」は子規が十数回にわたって利用した料亭であった。

①明治20年8月以前 加藤拓川につれられ2、3回
②明治22年9月7日 宴会(参会予定の豊島昌義病気欠席)
③明治22年9月9日 武市子明と中秋の名月
④明治23年1月5日 新年会(柳原正之・藤野古白・秋山真之・他)
⑤明治23年1月23日 船待ち、塩湯
⑥明治23年7月24日 海水浴帰り(藤野古白・竹村鍛・河東可全・他)
⑦明治23年7月某日 第6回紅葉会(藤野古白・竹村鍛・河東可全・他)
⑧明治24年8月23日 千舟学舎同窓会(河東静渓・柳原正之・他)
⑨明治25年7月19日 第2回松山競吟句会(高浜虚子・河東碧梧桐・伊藤可南)
⑩明治25年7月22日 虚子・碧梧桐と会食
⑪明治25年8月5日 第5回松山競吟句会(高浜虚子・河東碧梧桐・新海非風)
⑫明治25年8月16日 第6回松山競吟句会(高浜虚子・河東碧梧桐・勝田明庵・河東可全)
⑬明治22年7月以降 妹律同伴


上記に加えて、「河東静渓日記」明治22年9月24日条に「(正岡)遊三津」とあるのも子規の「溌々園」訪問をいうものであろう。「溌々園」の経営者(明治22年以降)は子規の大叔父に当たる歌原邁(子規の祖母、重〈しげ〉の弟)であった(ブログ2010年3月13日記事)。虚子の兄は一時期、この「溌々園」に勤務していた。⑩の会食はこの兄の招待によるものであった(ブログ2010年1月28日記事)。

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溌々園があったと思われる辺り(松山市住吉2丁目)。三津内港の改修で溌々園の跡地の大半は海底となった。

溌々園については、近代デジタルライブラリーで「商工案内松山名所普通便覧」を検索、その第74画像参照。

【参考文献】
『子規全集』第15巻(俳句会稿)講談社 1977年7月
森元四郎『椿守り-森元四郎著作集』2003年12月

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テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

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