長塚節、子規に頻繁に贈りものをする

正岡子規に師事した歌人長塚節(たかし)は、喜んでもらいたいという一心からであろう、子規に頻繁に贈りものをした。その贈りものに対する子規の礼状は十余通にのぼっている。

①[明治33年9月27日付・葉書]
君がくれた栗だと思ふとうまいよ
    東京下谷上根岸八二 正岡常規


②[明治34年1月30日付・封書]
梅の歌三日頃迄に御贈被下度候
雉一羽おくり下されありがたく候 ビステキ(注-ビーフステーキの当時の略語)のやうに焼てたべ候
                       竹の里人
たかしどの


③[同年2月・封書]
田雀とやら難有候 をとゝ日もたべ候 きのふもたべ候 今日もたべ候  規
 下総の結城の小田の田雀は友うしなひてさぶしらに啼


④[同年4月13日付・封書]
一 木の芽 二 折
右慥に受領忝存候
 四月十三日    規
節殿


⑤[同年5月・封書]
苗代茱萸難有候 あれハ普通の苗代ぐみにあらず 或ハ西洋ぐみといふものか  規
節兄


⑥[同年8月10日付・葉書]
水戸の名物梅羊羹難有候  規


⑦[同年9月20日付・封書]
栗ありがたく候
 真心の虫喰ひ栗をもらひたり
鴫三羽ありがたく候
 淋しさの三羽減りけり鴫の秋
丗四年九月二日(注-「二日」は「二十日」の誤記)  病床にて 規
たかしどの


⑧[同年12月11日付・葉書]
蜂屋柿四十速に届き申候 一つも潰れたる者無之候 右御礼旁
              病子規
長塚詞兄


⑨[同年12月22日付・封書]
菓子水戸ヨリ相とゞき候 御礼旁受取御報まで
十二月    規
節どの


⑩[明治35年4月28日付・封書]
一 野兎 壹匹
一 ひしほ 夫婦餅 つくバね
一 木の葉
一 ねり梅
右下されありがたく候 一度に御礼申上候(中略)
明治三十五年四月二十八日   常規
たかしどの


⑪[同年6月24日付・封書]
拝啓 桑の実今朝到着 皆潰れてだめに相成候 しかし久しぶりにて少々味ひ申候 御厚意多謝 此種のものを郵送するには枝葉のまゝにて「ブリキカン」に詰めるを第一と致候 或は麦藁などまぜるもよろしかるべく候 多少の間隙なくては潰れ可申候
六月廿四日   規
節殿


⑫[同年7月31日付・封書]
やまべといふ肴山の如く難有候 但し盡くくさりて蛆湧き候は如何にも残念に存候 量は左迄沢山ならずとも腹をあけて焼いて日に干してといふだけの手数を取てもらうとよかった 尤よろしき部分少々とりて食し試み候に極めてうまく候 此魚は一般にはえ又ははや(鮠)と申候 苗代茱萸は略完全に参り候
三十五年七月丗一日  規
たかしどの


⑬[同年8月18日付・葉書]
やまいもありがたくぞんじ候 つまらぬ御くわし(注-「くわし」は菓子)すこしさし上候 小づゝみにて
          東京上根岸 正岡常規


栗、雉、田雀、木の芽、苗代茱萸、梅羊羹、鴫、蜂屋柿……実にさまざまな品を長塚はおくっているが、不注意というか、間が抜けているというか、虫食い栗をおくったり、郵送の途中で腐ってしまうようなものをおくったりなどしている。

子規は長塚の贈りものよりもその真心を喜んだ。

真心ノ虫喰ヒ栗ヲモラヒケリ


子規、明治34年の句(⑦に出る句の改作)。同年、子規は次のような歌も詠んでいる。

下ふさのたかし来れりこれの子は蜂屋大柿我にくれし子
しもふさの節はよき子これの子は虫くひ栗をあれにくれし子
春ごとにたらの木芽(きのめ)をおくりくる結城のたかしあれは忘れず(注-「あれ」は「われ」に同じ)


下総(しもふさ)結城郡の人、長塚節。子規晩年の鍾愛の弟子といえるのがこの人であった。

【典拠文献・参考文献】
『子規全集』第3巻(俳句3)講談社 1977年11月
『子規全集』第6巻(短歌 歌会稿)講談社 1977年5月
『子規全集』第19巻(書簡2)講談社 1978年1月

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テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

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