明治35年6月9日の子規

明治35年(1902)6月9日-この日、正岡子規の家(東京根岸)では久しぶりに「松山鮓」をつくった。

今日は陸前石巻より三尺程の大鯛三枚氷づめにて送りくれ候ニ付、珍らしく松山鮓をつけんとて朝よりさわぎ候程の事ニ御座候。(明治35年6月9日付・叔父大原恒徳宛て子規書簡)


「松山鮓」はばら寿司の一種、子規の故郷伊予松山の郷土料理である。子規の家、同日は陸前石巻から送られて来た大鯛三枚をつかっての「松山鮓」。「朝よりさわぎ候程の事に」という文面に、この日の模様が窺われる。子規の『仰臥漫録』には同日のことを詠んだ句がある。

  陸前石巻より大鯛三枚氷につめて贈りこしければ
三尺の大鯛生きてあり夏氷
三尺の鯛や蝿飛ぶ台所


子規を喜ばせた石巻よりの大鯛。同地には子規評を受けたこともある藤岡勝巴(本名左一郎)という俳人がいたが、大鯛はこの人物から贈られたものであったのかもしれない。

【典拠文献・参考文献】
『子規全集』第11巻(随筆1)講談社 1975年4月
『子規全集』第19巻(書簡2)講談社 1978年1月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード