日食・月食

順徳天皇(1197-1242)撰の故実書『禁秘抄』に日食・月食のタブーについての記述がある。

主上、日月蝕に当たる時、御慎み殊に重し。(中略)天子は殊にその光に当たらず。(中略)席(むしろ)を以って御殿を裹(つつ)み廻し、供御の如きもその光に当たらず。御持僧或いは他僧にても御修法を奉仕せしむ。その上御殿に於いて御読経あり。近代は多く薬師経なり。


天皇は日食・月食の光を浴びてはならないとされ、その日、御殿はむしろで覆われた。王権を保持する者にとって日食・月食は忌むべき現象、天体が欠けるのは王権に危険を及ぼす自然界の「穢れ」と考えられていたのである。

【典拠文献】
『古事類苑(天部・歳時部)』吉川弘文館 1976年10月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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