新年の句

DSCN0058_convert_20151230225423.jpg

元日の人通りとはなりにけり 正岡子規


DSCN0137_convert_20151230225743.jpg

正月の子供に成って見たきかな 小林一茶


DSCN0114_convert_20151230225551.jpg

我に許せ元日なれば朝寝坊 夏目漱石


DSCN0072_convert_20151230225511.jpg

年改まり人改まり行くのみぞ 高浜虚子


DSCN0115_convert_20151230225639.jpg

祖母恋し正月の海帆掛船 中村草田男



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

正月二日

DSCN0192_convert_20151231080112.jpg

老しづかなるは二日も同じこと 高浜虚子


DSCN0199_convert_20151231080230.jpg

先づ女房の顔を見て年改まる 同


DSCN0201_convert_20151231080258.jpg

初夢の唯空白を存したり 同


DSCN0204_convert_20151231080329.jpg

生くることやうやく楽し老の春 富安風生


DSCN0213_convert_20151231080354.jpg

独居(ひとりゐ)や思ふ事なき三ケ日 夏目漱石



にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

恵美須神社(松山市三津2丁目)の大原其戎句碑

DSCN0276_convert_20160107175352.jpg

日永さやいつまでこゝにいよの富士 其戎


大原其戎(1812~1889)は三津栄町(現在の三津1丁目)に在住した俳諧の宗匠。子規が唯一の俳諧の師と仰いだ人物である。

俳句を作るは明治二十年、大原其戎宗匠のもとに行きしを始めとす。(正岡子規『筆まかせ』第一編「哲学の発足」)

余が俳諧の師は実に先生をもってはじめとす。而して今に至るまで未だ他の師を得ず。(同・第四編「大原其戎先生の手書写し」)


明治20年(1887)7月某日、夏季休暇で松山に帰省していた子規(数え年21歳)は親友柳原極堂をともなって、其戎宅を訪問。後日、其戎主宰の俳諧結社「明栄社」に加入する手続きをとった。

其戎の居宅は三津栄町三十四番戸。石崎汽船の旧本社ビル(下の画像)の裏付近がその居宅のあった場所である。

DSCN0286_convert_20160107175427.jpg

恵美須神社の句碑の文字は子規自筆自輯の選句稿『なじみ集』(其戎以下98名の俳人の句集)からとられた。句に詠まれている「いよの富士」は興居島の伊予小富士である(→2013年4月11日記事参照)。

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード