寛文6年11月、紀州徳川家より「唐犬」の贈り物

寛文6年(1666)11月、紀州徳川家より伊予松山の松平家へ「唐犬」2頭の贈り物。「唐犬」とはオランダとの交易でもたらされた洋犬のことで、伊予に洋犬が来たのはこれが最初であった(西園寺源透『松山史要』)。

同じ控書(注-「上坂一学手控」)に、同年(注-寛文六年)十一月、紀州様より進ぜられ候由にて唐犬弐疋引き来る。右、請け取りとして松下才兵衛、三津までこれを遣わさる。紀州より付き来る役人高田作平、三津唐松屋にて御料理・目録ども下され帰帆あり。(『垂憲録拾遺』)


この『垂憲録拾遺』の記述によると、洋犬2頭は紀州藩の役人が海路、三津(松山の外港)まで届け、松山藩の役人が同地で受け取った。三津の唐松屋ではこの紀州藩の役人のための接待がなされたようである。

『垂憲録拾遺』にはつづいて次の記述。

右の犬は、高さ四尺ほどこれあり。毛色、俗に灰色という色なり。嘴、さき長く、眼細く、口、耳の根までさけ、耳大きくしてたれたり。一躰やせたる方にて、尾長く、さきふっさりとして、爪至って長し。肉食を好みて飯類は多くは喰はず。紅羅紗の首玉を十文字にかけたり。気分至って穏やかに見えたり。この犬を引きあるく時は、地犬は尾を巻きて近よらず。犬の名をば、ハルメル、トキヤアというなり。その後、延宝三卯年三月廿七日、東野に御飼い置きの唐犬、深山へ御放ちあそばさる。(同上)


洋犬2頭の名は「ハルメル」と「トキヤア」(『松山叢談』の記述では「ハメル」と「トギャア」)。大型の猟犬だったのであろう、東野の別邸(東野お茶屋)でこの2頭は飼われていたが、無用の存在と見なされ、延宝3年(1675)3月27日、山中に放ち捨てられた。

【参考文献】
久松氏蔵版『松山叢談』第二下 1889年
西園寺源透『松山史要』伊予史談会 1927年5月
伊予史談会編集発行『垂憲録・垂憲録拾遺』 1986年1月

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正岡子規「洋犬説」

昨日の洋犬の記事とつながりがあるわけではないのだが、子規、少年時代の作文に「洋犬説」というのがあるので下に示しておこう。数え年12歳のときに書かれたもので、下がその全文である。

洋犬説
抑犬ハ獣中ノ長ニシテ、人ノ為ス能ハザル所亦能ク之ヲ為ス。吾請フ其略ヲ示サン。夫レ和犬ハ只山獵ノ助トナリ、夜盗ヲ警シムルノ功アルノミ。然レドモ、洋犬ハ人ノ水中ニ溺ルヽヲ救ヒ、或ハ寒国ニ於テハ旅人ノ大雪ニ埋没スルヲ助ケ、或ハ之ヲ使役シテ、橇ヲ挽キ、書ヲ致ス等、枚挙スルニ遑アラズ。是ヲ以テ之ヲ観レバ、洋犬ノ和犬ニ勝ル幾何ゾ。洋犬ノ功亦大ナル哉。


洋犬の和犬に対する優越を説いた論旨明快の作文。西洋先進国のものをよしとする文明開化の時代の反映が、地方の一少年の書いたこんな作文にも認められる。

「洋犬説」は子規、少年時代の自作文集である「自笑文草」所収。この文集に収められた「贈柑子文」「洋犬説」の二編が現存する子規の最初の作文であるらしい。

【参考文献】
『子規全集 第九巻 初期文集』講談社 1977年9月

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「野球駅」

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「坊っちゃんスタジアム」最寄り駅の「JR市坪駅」。「野球(の・ボール)駅」という愛称がある。野球(の・ボール)は子規がベースボールに熱中していた時代につかった雅号。駅名標にはユニフォーム姿の子規の肖像とその駅の愛称が表示されている。

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「坊っちゃんスタジアム」。駅の愛称は子規の雅号に由来しているが、球場名は漱石の作品に由来。

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「老梅樹の忽開起のとき……」

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老梅樹の忽開華のとき、華開世界起なり。華開世界起の時節、すなはち春到なり。(道元『正法眼蔵』「梅華」)


一輪の梅の花が開くとき、世界の全体が春として現起する。一輪の花にも世界の全体が参与している。どんなものにも、存在の限りない深みがある……。

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