護衛艦「あたご」一般公開

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海上自衛隊のイージスシステム搭載護衛艦「あたご」。全長165m。排水量7750t。乗員数約310名。定係港 舞鶴。艦名は京都の愛宕山に由来。

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護衛艦「あたご」出港

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護衛艦「あたご」本日午前9:00出港。

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大岡昇平、『坊っちゃん』は読み飽きない小説……

松山を舞台とした夏目漱石の小説『坊っちゃん』。作家の大岡昇平はこの小説を数十回読んだという。

私は若いころからスタンダールをやっていて、『パルムの僧院』を二十遍以上読んでいる。ところで漱石の『坊っちゃん』の方は多分その倍ぐらい読み返しているのである。


読むたびに新たなおもしろさの発見があって、飽きないと大岡は述べている。

もし『猫』と『坊っちゃん』を漱石の代表作とする意見があれば、私はそれに賛成する。しかし『猫』は少し人を面白がらせようとして無理をしている。学をひけらかしてきざになっているところがあるが、『坊っちゃん』にはそれがない。(中略)こういう多彩で流動的な文章を、その後漱石は書かなかった。また後にも先にも、日本人のだれも書かなかった。読み返すごとに、なにかこれまで気づかなかった面白さを見つけて、私は笑い直す。この文章の波間にただようのは、なんど繰返してもあきない快楽である。傑作なのである。


漱石の諸作の中でも、おもしろさという点ではこれにまさる作品はない。松山の悪口がさかんに出るが、松山の人間にとってはそこもまた読みどころである。

▼ 松山坊っちゃん会建立の「漱石 坊っちゃん之碑」(道後温泉本館東側)
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【参考文献】
大岡昇平『小説家夏目漱石』筑摩書房 1988年5月

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『坊っちゃん』で非難される松山

夏目漱石の『坊っちゃん』には松山の悪口が頻出する。

県庁も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見た。麻布の聯隊より立派でない。大通りも見た。神楽坂を半分に狭くした位な道幅で町並はあれより落ちる。廿五万石の城下だって高の知れたものだ。こんな所に住んでご城下だ抔(など)と威張つてる人間は可愛想なものだと考へながらくると、いつしか山城屋の前に出た。広い様でも狭いものだ。(『坊っちゃん』二)

一時間あるくと見物する町もない様な狭い都に住んで、外に何も藝がないから、天麩羅事件を日露戦争の様に触れちらかすんだらう。憐れな奴等だ。(中略)何でこんな狭苦しい鼻の先がつかへる様な所へ来たのかと思ふと情なくなつた。(『同』三)

田舎丈(だけ)あって秋がきても、気長に暑いもんだ。(『同』四)

夫(それ)にしても世の中は不思議なものだ。虫の好かない奴が親切で、気の合った友達が悪漢(わるもの)だなんて、人を馬鹿にして居る。大方田舎だから万事東京のさかに行くんだらう。物騒な所だ。(『同』六)

住田まで上等が五銭で下等が三銭だから、僅か二銭違ひで上下の区別がつく。かう云ふおれでさへ上等を奮発して白切符を握ってるんでもわかる。尤も田舎者はけちだから、たった二銭の出入でも頗る苦になると見えて、大抵は下等へ乗る。(『同』七)

こんな卑劣な根性は封建時代から、養成した此土地の習慣なんだから、いくら云って聞かしたって、教へてやったって、到底直りっこない。こんな土地に一年も居ると、潔白なおれも、この真似をしなければならなくなるかも知れない。(中略)どうしても早く東京へ帰って清と一所になるに限る。こんな田舎に居るのは堕落しに来て居る様なものだ。(『同』十)

中学と師範とはどこの県下でも犬と猿の様に仲がわるいさうだ。なぜだかわからないが、丸で気風が合はない。何かあると喧嘩をする。大方狭い田舎で退屈だから、暇潰しにやる仕事なんだらう。(『同』十)

其夜おれと山嵐は此不浄な地を離れた。船が岸を去れば去る程いゝ心持ちがした。神戸から東京迄は直行で新橋へ着いた時は、漸く娑婆へ出た様な気がした。(『同』十一)


これほどひどく書かれているのに、松山では『坊っちゃん』が喜ばれ、まちの誇りといった扱い。司馬遼太郎はこの点について次のように述べている。

漱石の『坊っちゃん』は(中略)名作ではありますが、ずいぶんと伊予松山の人をばかにした小説でもあります。しかし、松山の人はけっこう喜んでいますね。坊っちゃん列車とか、坊っちゃん団子とか、松山はなにかにつけて坊っちゃんです。自分たちがばかにされているのを喜ぶというのは、なかなかしたたかなユーモアの精神です。(中略)漱石の時代の江戸っ子は、田舎を実に嫌いました。(中略)洗練された人のセンスから滑稽を感じて、『坊っちゃん』を書いた。それを松山の人が喜んでいるのは、非常に高級な感じがします。(司馬遼太郎講演「松山の子規、東京の漱石」)


松山でこの小説が受けいれられている理由。丸谷才一は「日本史を縦断する都と鄙(ひな)という対比のせいだと論じたことがある」といい、「首都崇拝」が「伝統として刷込まれているから松山市民は坊っちゃんの軽蔑を気に病まなかった」と解していたが、「これで押切るのは無理」、「今度、わたしは別解を得た」と次のように述べている。

『坊っちゃん』では松山を拉し来(きた)って日本人の島国根性を非難している。識見の低さ、夜郎自大、洗練を欠く趣味、時代おくれを咎めるのに、日本の縮図として四国の一都市を用いたのだ。そんなふうに一国の代表として自分たちの町が選ばれ、その結果、名作が成ったことを松山の人々が光栄に感じているとすれば、その読解力は大いに評価しなければならない。(丸谷才一「『坊っちゃん』100年」)


さまざまに書かれている悪口は実は日本人全体を風刺したもの、松山はその日本の縮図として選ばれただけ……。松山の人がそう捉えているかどうかはともかく、作品の読み解きとしてはおもしろい。この丸谷説にしたがえば、『坊っちゃん』は時代批判の小説としての意義を持つということにもなる。

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【参考文献】
『漱石全集』第2巻 岩波書店 1994年1月
『司馬遼太郎が語る日本 未公開講演録愛蔵版Ⅱ』朝日新聞社 1997年7月
丸谷才一『袖のボタン』朝日新聞社 2007年7月

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『坊っちゃん』と三津浜

夏目漱石の『坊っちゃん』、その第二回に東京から赴任の主人公が海路、三津浜とおぼしきところに着く次のような場面がある。

ぷうと云って汽船がとまると、艀(はしけ)が岸を離れて、漕ぎ寄せて来た。船頭は真っ裸に赤ふんどしをしめてゐる。野蛮な所だ。尤も此熱さでは着物はきられまい。日が強いので水がやに光る。見詰めて居ても眼がくらむ。事務員に聞いて見るとおれは此所へ降りるのださうだ。見る所では大森位な漁村だ。人を馬鹿にしてゐらあ、こんな所に我慢が出来るものかと思ったが仕方がない。威勢よく一番に飛び込んだ。(『坊っちゃん』二)


漱石が松山に赴任してきた当時の三津浜港には、汽船が接岸できる設備がまだなかったので、汽船は沖合に停止、乗降には艀が用いられていた。『坊っちゃん』の上の部分もそれを描いているのだが、「汽船がとまると、艀が岸を離れる」というのは不正確、艀は汽船が三津浜沖に近づいた時点で発進することになっていたと『三津浜誌稿』は指摘している。

船が桟橋横付けでなく、定繋場所(方言では「江湖、エゴ」という)へついてから艀が岸を離れるなんて問題にならない。海岸からエゴまでは相当の距離があり時間もかかる。このような悠長な事をする代理店や出張所では直ちに首になる。九州からの上り便は佐島冲、阪神からの下り便は四十島付近にさしかかると、汽笛(方言ではフルウトという)を二回鳴らす。これはもうすぐ到着するぞという合図である。代理店ではこの音色で何丸であるかを聞き別け、乗客や積荷を通船(かよいぶね。ダンペーともダルマとも呼び、普通の船より幅が広い)に積んで沖へ漕ぎ出し、本船がエゴへ到着してイカリを降し、今度フルウトが鳴る時には、本船の近くまで漕ぎよせているのである。そして本船に横付けして乗客を上げ、次に船倉の処へ行って荷物を積みおろしして再びタラップの所へ行って降りる客を積んで本船をはなれる。この間は実に僅かな時間で、本船はイカリをあげフルウトを鳴らして次の港へ急ぐのである(『三津浜誌稿』第三編「文学散歩」)


些細な点の指摘のようだが、艀の運航はこの『三津浜誌稿』に記載されている通りの機敏なものだったのだろう。漱石の表現は田舎ののんびりとした雰囲気を出すためのものであったのかもしれない。

「船頭は真っ裸に赤ふんどしをしめてゐる」という点についても『三津浜誌稿』はいう。

この船頭は代理店の店員である。大切なお客さんや荷物を取扱う店の者がこのようなぶざまな服装、否まっ裸で仕事するような事は絶対にない。(同上)


「見る所では大森位な漁村だ」-当時の三津浜は問屋・商店が軒を連ねる商業都市。その繁華なさまは少年時代の子規の作文にも「三津浜は城西一里余にあり。和気郡中の名邑にして昼夜往来織るが如く、実に国中に冠たり」(「三津浜に遊ぶ記」)と記されている。漁村のイメージではないのだが、漱石の筆はやはり田舎であることを強調。

『坊っちゃん』では以下、主人公が上陸した後も三津の窪田(久保田)回漕店とおぼしき「港屋」が登場したりなどするのだが、今日の記事はここまでとしておこう。

【参考文献】
三津浜郷土史研究会編『三津浜誌稿』1960年12月
『子規全集』第9巻(初期文集)講談社 1977年9月
『漱石全集』第2巻 岩波書店 1994年1月

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