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夏目漱石、高浜沖で釣りをする

夏目漱石は松山中学の教師時代、教頭の横地石太郎と同僚教師の西川忠太郎に誘われて、高浜冲まで共に釣りに出たことがある。このとき漱石が釣ったのは当地名でギゾという魚(ベラ・キュウセン)、この魚を釣り上げて素手でつかんだ漱石は「これはいかん」と言って、両手を洗っていたと横地石太郎は回想している。

どうも夏目君はあまり好まぬやうでしたが、連れて行かうといふことになって軽便鉄道で高浜にゆき、浜から船に乗って、四十島と興居島の間が大変よく釣れる。とにかくかういふ風にして釣るのだといって、西川がいろいろ世話して釣方を教へました。暫らくしてゐると、ぶるぶるっとかゝって来た。引きあげてみると、何やら綺麗な魚がかゝってました。ギゾ、べらといふ魚です。喜んで先生引きあげるなり手にもった。なかなか釣針をはなすことができない。西川が手伝ってやってたうとう離した。そうしたところぬるぬるしてるものだから気もちわるいもので、これは臭くてどうもえらいものを釣った。これはいかぬといって両手を洗ってゐました。(「漱石を偲ぶ座談会」での横地石太郎談)


『坊っちゃん』の第五回で描かれている次のような釣りの場面は、この高浜冲での体験をもとにしたものであろう。

君釣りに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。(中略)
停車場で赤シャツと野だを待ち合せて浜へ行った。船頭は一人で、舟は細長い東京辺では見た事もない恰好である。(中略)
船頭はゆっくりゆっくり漕いでゐるが熟練は恐しいもので、見返へると、浜が小さく見える位もう出てゐる。高柏寺の五重の塔が森の上へ抜け出して針の様に尖がってる。向側を見ると青嶋が浮いてゐる。是は人の住まない島ださうだ。よく見ると石と松ばかりだ。成程石と松ばかりぢゃ住めっこない。赤シャツは、しきりに眺望していゝ景色だと云ってる。野だは絶景でへすと云ってる。絶景だか何だか知らないが、いゝ心持には相違ない。ひろびととした海の上で、潮風に吹かれるのは薬だと思った。いやに腹が減る。「あの松を見給へ、幹が真直で、上が傘の様に開いてターナーの画にありさうだね」と赤シャツが野だに云ふと、野だは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」と心得顔である。ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから黙って居た。舟は島を右に見てぐるりと廻った。波は全くない。是で海だとは受け取りにくい程平だ。赤シャツの御陰で甚だ愉快だ。出来る事なら、あの島へ上がって見たいと思ったから、あの岩のある所へは舟はつけられないんですかと聞いて見た。つけられん事もないですが、釣をするには、あまり岸ぢゃいけないですと赤シャツが異議を申し立てた。おれは黙ってた。すると野だがどうです教頭、是からあの島をターナー島と名づけ様ぢゃありませんかと余計な発議をした。赤シャツはそいつは面白い、吾々は是からさう云はうと賛成した。此吾々のうちにおれも這入ってるなら迷惑だ。おれには青嶋で沢山だ。(中略)
しばらくすると、何だかぴくぴくと糸にあたるものがある。こいつは魚に相違ない。生きてるものでなくっちゃ、かうぴくつく訳がない。しめた、釣れたとぐいぐい手繰り寄せた。(中略)船縁から覗いて見たら、金魚の様な縞のある魚が糸にくっついて、右左に漾いながら、手に応じて浮き上がってくる。面白い。水際から上げるとき、ぽちゃりと跳ねたから、おれの顔は潮水だらけになった。漸くつらまへて、針をとらうとするが中々取れない。捕まへた手はぬるぬるする。大に気味がわるい。面倒だから糸を振って胴の間へ擲きつけたら、すぐ死んで仕舞った。赤シャツと野だは驚ろいて見てゐる。おれは海の中で手をざぶざぶと洗って、鼻の先へあてがって見た。まだ腥臭い。もう懲り懲りだ、何が釣れたって魚は握りたくない。魚も握られたくなからう。さうさう糸を捲いて仕舞った。
一番槍は御手柄だがゴルキぢゃ、と野だが又生意気を云ふと、ゴルキと云ふと露西亜の文学者見た様な名だねと赤シャツが洒落た。さうですね、丸で露西亜の文学者ですねと野だはすぐ賛成しやがる。(『坊っちゃん』五)


教頭の赤シャツに誘われての釣り。停車場→浜からの乗船は横地らとの釣りのときと同じ。石と松ばかりの「青嶋」というのは高浜冲の四十島に当たる。魚の名前はギゾからゴルキ。フランスの歴史家ギゾーからロシアの作家ゴーリキーを連想したためともいわれる。ゴルキをつかんだ手をざぶざぶと洗ったというのは、ギゾを釣り上げたときの漱石の姿と重なる。

▼ 高浜冲
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前方の小島が「青嶋」とされた四十島、後方は興居島。四十島の周囲は潮の流れがはやいが、興居島の湾のほうは波もなく、「これで海だとは受け取りにくいほど平らだ」という漱石の表現どおりである。

【参考文献】
曾我正堂『伊予の松山と俳聖子規と文豪漱石』三好文成堂 1937年4月
『漱石全集』第2巻 岩波書店 1994年1月

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テーマ : 歴史
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前田伍健、三津浜の句

伊予節のこゝが三津浜桜鯛
伊予節の三津の町よし鯛がはね
朝市の威勢大鯛尾をひろげ


「伊予節」は江戸末期から明治にかけて流行した当地方の座敷唄。歌詞は「伊予の松山名物名所 三津の朝市道後の湯 音に名高き五色素麺 十六日の初桜 吉田挿し桃小かきつばた 高井の里のていれぎや 紫井戸の片目鮒 薄墨桜や緋の蕪 チョイト伊予絣」で、三津の朝市が名物として登場する。

前田伍健(1889-1960)は川柳作家。伊予鉄道に永年勤務。「野球拳」の創始者でもある。

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【参考文献】
前田欣一郎編『伍健句集 野球拳』伍健句集刊行会 1962年3月

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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
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三津浜港雪景色

今朝、当地方には珍しい積雪。三津浜港もご覧のような雪景色。

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テーマ : 日記
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「春や昔」

▼ JR松山駅前の子規句碑
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春や昔十五万石の城下哉 子規


正岡子規が明治28年(1895)に詠んだ有名な句。蕪村の「春やむかし頭巾の下の鼎疵(かなえきず)」という句をヒントにしたものだといわれる(蕪村のこの句は『古今和歌集』巻第十五、『伊勢物語』第四段の「月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」を踏まえたものという)。

高浜虚子には次の句がある。

何事も春や昔と思ほゆる


前田伍健には次の川柳。

春やむかし城より高きテレビ塔


景観破壊で知られる城山の電波塔を皮肉った川柳。

▼ 道後公園の丘陵からの城山(左にその電波塔)
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【参考文献】
前田欣一郎編『伍健句集 野球拳』伍健句集刊行会 1962年3月
松山市教育委員会編『俳句の里 松山』松山市立子規記念博物館 2013年3月

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「石鎚も南瓜の花も大いなり」

▼ JR松山駅前の富安風生句碑
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石鎚も南瓜の花も大いなり 風生


愛知県出身の俳人・富安風生が昭和12年(1937)7月に初めて愛媛を訪れたときの句。愛媛の第一印象を詠んだものだという。季語「南瓜の花」(夏)。句碑の字は風生の自筆。

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