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肱川

▼ 肱川
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大洲盆地を流れる肱川は氾濫をくりかえす「暴れ川」として知られる。大洲藩の記録によれば、この川の氾濫はおよそ3年に1回発生し、大洪水となることも40数回に及んだという。

▼ 肱川橋
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【参考文献】
大石慎三郎監修『日本歴史地理大系39 愛媛県の地名』平凡社 1980年11月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

「芋鍋の煮ゆるや秋の音しづか」

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芋鍋の煮ゆるや秋の音(こえ)しづか 東洋城


大洲肱川の如法寺河原にある松根東洋城(1878-1964)の句碑。東洋城の大洲小学校卒業百周年を記念して建てられた。句の「芋鍋」は大洲名産の夏芋(里芋)をつかった郷土料理。大洲の「いもたき」として知られる。8月下旬~10月下旬に肱川の河原でおこなわれる「いもたき」は当地の秋の風物詩。

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テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

大洲ゆかりの陽明学者、中江藤樹

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陽明学者で「近江聖人」と尊称された中江藤樹(1608-1648)は、10歳から27歳の時までを大洲で過ごした。大洲城内にはその銅像が建立されている。

藤樹は「知行合一」を旨とする陽明学の立場から、

それ学問は心のけがれをきよめ身のおこなひをよくするを本実とす。(中略)にせの学問は、博学のほまれを専とし、まされる人をねたみ、おのれが名をたかくせんとのみ、高満の心をまなことし、孝行にも忠節にも心がけず、只ひたすらに記誦詞章の芸ばかりをつとむる故に、おほくする程心だて行儀あしくなれり。(『翁問答』下巻之本)

と説いた。道徳的な人格を確立するのが学問の本質、知識だけの学問は学問でないというのがその主張であった。

【参考文献】
山井湧・山下龍二・加地伸行・尾藤正英校注『日本思想大系29 中江藤樹』岩波書店 1974年7月

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テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

「おおず赤煉瓦館」

▼ 「おおず赤煉瓦館」(大洲市大洲)
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明治34年(1901)、大洲商業銀行の本店として建築。イギリス積みの煉瓦構造は県内では珍しく、貴重な文化遺産となっている。本館1棟・倉庫2棟は大洲市指定文化財。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

内子座(1)

▼ 内子座(喜多郡内子町内子)
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内子座は大正5年(1916)2月、即位の大典を記念し、地元有志18名の出資で建てられた木造劇場。客席収容人数650名。内子町指定文化財。

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