七夕

七夕の習俗は古く、万葉の時代にはすでに日本に伝わっていた。七夕は一般的には文献を通しての中国からの伝来といわれるが、白川静『後期万葉論』によると、朝鮮半島からの渡来人が伝えたものだという。

わが国に七夕説話やその民俗行事を伝えたものは、中国の文献ではなく、古い時代から天智朝にわたって大量に渡来した高句麗・新羅・百済の人たちであろう。かれらはその集団生活のなかで、その旧俗を維持しており、季節的な諸行事は、渡来後にも行なわれていたであろうと思う。(白川静『後期万葉論』「七夕の歌」)


『万葉集』には七夕を詠んだ歌が133首もあるという。当時の人々にとって七夕は異国的な色彩のつよい行事。この時代、七夕の歌が数多く詠まれたのは、その異国的な色彩に人々の歌ごころが刺激されたためかもしれない。

【参考文献】
白川静『後期万葉論』中公文庫 2002年11月

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化粧がモラルに反していた時代

プルースト(1871-1922)の小説『失われた時を求めて』-19世紀末から20世紀初頭にかけてのフランス社会の種々相を映し出した風俗小説としての性格もあるこの作品に、口紅をつけただけで破廉恥とされ、つき合いを断たれるという挿話がある。

母は、姪のひとりが口紅をつけていることに、それが液体に溶けて見えなくなっていたかのごとく三年間まるで気づかなかった。ところがある日、ほんのすこし余分に紅がついていたかのかべつの理由があったのか過飽和と呼ばれる現象が生じて、見過ごされてきた紅がはっきりと見えた。この思いがけない色彩の氾濫を目の当たりにした母は、コンブレー(注-シャンパーニュ地方の架空の田舎町。パリ南西約100kmのイリエがモデル)の人たちならそうしたように破廉恥だと決めつけ姪とのつき合いをほとんど断絶した。(『失われた時を求めて』第二編「花咲く乙女たちのかげに」第一部「スワン夫人をめぐって」)


19世紀末頃までは、良家の子女は化粧をしないというのが社会の常識であった。海野弘『プルーストの部屋「失われた時を求めて」を読む』によると、この時代、化粧をしているのは高級娼婦(ココット)、娼婦、女優たちだけで、庶民の女性や田舎の女性は化粧とは無縁、上流社交界でも化粧をしているとわるく見られた。1890年代に入ると、古いモラルが崩れはじめ、化粧をする一般女性もあらわれたが、本格的に化粧が一般化するのは、1920年代に入ってからであったという。小説の上の挿話は1890年代頃のことを語った部分だから、旧来のモラルをまもる「母」は口紅をつけた「姪」を容赦なく絶交したのである。

【典拠文献・参考文献】
海野弘『プルーストの部屋「失われた時を求めて」を読む』中央公論社 1993年2月
吉川一義訳『失われた時を求めて3 花咲く乙女たちのかげにⅠ』岩波文庫 2011年11月

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松山城・一ノ門

▼ 一ノ門(重要文化財)
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▼ 一ノ門の左は一ノ門南櫓、右は三ノ門南櫓、奥に写っているのは小天守。
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脇戸付の高麗門。本壇に入る最初の門となるので、一ノ門と呼ばれる。門の両端は一ノ門南櫓、三ノ門南櫓の石垣と接している。この門から次の二ノ門までの間は、桝形の仕切りとなっている。天明4年(1784)、雷火のため焼失したが、同6年に再建された。

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松山城・一ノ門南櫓

▼ 一ノ門南櫓(左)・二ノ門南櫓(右)
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▼ 一ノ門南櫓(左)・一ノ門(右下)・小天守(右上)
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一ノ門南櫓(重要文化財)は本壇の入り口に位置する単層櫓。北側に一ノ門が接続する。天明4年(1784)、雷火のため焼失したが、嘉永5年(1852)に再建された。

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松山城・二ノ門

▼ 二ノ門(重要文化財)
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二ノ門_convert_20120623075846

脇戸付の薬医門。松山城内で唯一の薬医門である。嘉永期の再建。

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